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【夢】より【志】が叶いやすい3つの理由

投稿日:2015年1月13日 更新日:

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夢と志の違いとは?

「夢」と「志」って似ているけれど、違うもの。

一体何がどう違うのでしょうか?

 

 

またどちらを考える事が、本当の意味で自分の可能性を無限大にし、

才能を発揮し、叶いやすく、現実化しやすいのでしょうか?

 

 

今日はこの「夢」と「志」について分析してみたいとおもいます!

「夢より志が叶う理由」その1  潜在意識、脳的に叶いやすい

夢と志の違い

とは?

1、睡眠中に、あたかも現実の経験であるかのように感じる一連の観念や心象。視覚像として現れることが多いが、聴覚・味覚・触覚・運動感覚を伴うこともある。「恐いーを見る」「正(まさ)ー」

2、将来、実現させたいと思っている事柄。「政治家になるのがーだ」「少年のころのーがかなう」

3、現実からはなれた空想や楽しい考え。「成功すれば億万長者もーではない」「ー多い少女」

4、心の迷い。「彼は母の死でーからさめた」

5、はかないこと。たよりにならないこと。

出典:Wikipedia

以上。

これがという言葉の辞書的解釈です。

一方、の意味とは?

1、

ア:ある方向を目指す気持ち。心に思い決めた目的や目標。「ーを遂げる」「事、ーと異なる」「ーを同じくする」「青雲のーを抱く」

イ:心の持ち方。信念。志操。「ーを高く保つ」

2、

相手のためを思う気持ち。厚意。「ーを無にする」「おーはありがたいが、辞退します」

3、

ア:謝意や好意などを表すために贈る金品。「ほんのーですが、ご笑納ください」

イ:香典返しや法事の引き出物、僧への布施の包みの表に書く語。

4、心を集中すること。注意。「ーはいたしけれど、・・・上の衣の肩を張り裂けリてけり」

5、相手を慕う気持ち。愛情。「一夜のほど、朝(あした)の間も恋しくおぼつかなく、いとどしき御ーのまさるを」

6、死者の追善供養。「未来の因果を悲しみて、多くのーを尽くして」

これがの辞書的解釈です。

「夢」と「志」あきらかに違いますね。

 

どちらのほうが読んでみて、結果、叶う!と感じますか?

 

可能性無限大の視点からみると、明らかに「」の方が叶うと言い切れます。

 

「それは、なぜか?」

 

まず、夢の辞典の中にある言葉をよく読んでみてください。

2、将来実現させたいと思っている事柄。「政治家になるのがーだ」「少年のころのーがかなう」

この将来実現させたいと思っている。

この「させたい」という思いは、決意ではなく、そうしたいなーっという曖昧なものです。

人が何かを叶え、成し遂げるためには、「決意」という意志が必要です。

 

「~したい」という言葉ではなく「~する」「~した」という決意の言葉が大切になります。

 

なぜなら、潜在意識や脳は、「~したい」という言葉は、

「叶ってない事」として捉え、叶ってない現実を生み出そうとします。

しかし、「~する」「~した」という言葉は、

潜在意識と脳的には、「叶っていること」と認識し、現実を叶っている状態へ持って行こうと動きます。

なので、言葉を「~する」「~した」と使い続けていると叶いやすい脳や潜在意識になります。

 

そして、結果、叶います!

 

つまり、「」は、辞書的解釈では、叶わない方向になりやすい曖昧な「思い」であり、

」は、叶う方向へ行く決意した「意志」なのです。

だから、「志」を持つ事が可能性が無限大になる!っと言い切れるわけです!

 

さらに、

「夢」のなかで最後の説明で

5、はかないこと、たよりにならないこと

とありました。

 

」に「」と書いて、「儚い」と 書きます。

夢とはいっときのこと。

時間をまたかず、瞬時のもの。

長続きしないもの。という意味を含んでいるようなのです。

 

〜辞書的解釈の章をまとめると〜

」は、一瞬の出来事を願うものであり、

そうなれたらいいなーっというような憧れのようなもの。

自分の才能を開花させ、可能性を無限大にしていくのであれば

「夢」という一時の儚く曖昧な思いから発展させ、

長期的な意志であり、決意を元にした「」を持ちましょう。

 

「夢より志が叶う理由」 その2 人の応援、共感が得られるから

ピラミッド

経営学の権威、野田一夫先生がある対談で「」と「」の違いについて語って

いらっしゃいました。

 

『「夢」とは何が欲しい、ああなりたいという個人の未来への願望。

それに対し、個人の願望を遥かに超えて多くの人の夢や願望を叶えてやろう!という気概を
「志」という。

「夢」は快い願望だが、「志」は厳しい未来への挑戦である。
「夢」と「志」では次元が全く異なり、経営者たるもの志を持つ人間になれ!』と。

 

 

個人的なものが夢。

社会全体的なものが志。

という視点ですね。

 

また、元タカキューの代表取締役で、「メキキの会」会長でもある

出口光さんのお言葉を借りると

 

「夢」とは、自分だけの欲望や個人単位のもの

「志」とは、自分を超えた社会的で時代を超え引き継がれている想いや意志

 

という説明をされていました。

この2人の先達の教えから分かる夢と志の違いは、

夢は、個人的なもので、個人単位ではかるもの

志は、個人を超え人々を含めた社会に影響をあたえ、時間を超え、時代に影響を与えるもの

と次元が全くちがうものなんですね。

 

どちらが多くの人の応援と支援が集まるかは明確ですね!

是非、時代や個人を超えた遥かなる志を持ちましょう!!

 

「夢より志が叶う理由」その3 地球のためになるから

マッカーサーの写真

志という言葉を英語で表すと、一言で言う事ができないそうです。

訳すとすると3語以上の単語を連ねないと表せない。

日本独自の単語だと言う事です。

 

実は、戦前の日本では、この「志」という言葉が普通に使われ、

こちらの言葉こそがメインの言葉だったそうです。

 

しかし、戦後のGHQの指導により、アメリカンドリームという「夢」が導入され、

日本人の意識が戦後の復興も手伝い、大いなる志から

「個人の夢」、「個人の自己実現」を目指すものが主流となり、

「志」という概念が薄くなっていったそうなのです。

 

アメリカから日本に来る多額の金額を払わないと受講できない

有名な成功請負人のセミナー講師や講演家もみんな口々に叫ぶのが

「個人の夢の実現」や「個人の成功について」のセミナーです。

 

世界の経済大国第一位のアメリカと第二位の日本が

こぞってこの個人の夢の実現に20世紀走りに走り続けました。

 

個人個人の夢をそれぞれが追い続けた結果、世界はどうなったか?

ちょっと感じてみてください。

 

それぞれの夢を最優先しつづけた結果、起こったのが「環境破壊」です。

 

森林伐採

この個人の夢を大切にする主義が生んだ、最悪の産物が地球という

人類だけではなく、動物にとっても、植物にとっても全ての生命体の共有物を

次々に破壊をしていきました。

個人の夢という視点には、

時代を超えた時間軸、自分という範囲をこえた社会を考える空間軸も存在しないからです。

しかし、今時代は変わりはじめました。

最近は社会起業家という言葉が広がりはじめ、

「志」という意志をもつ経営者が増え始めてきています。

今地球は明るい未来に向かい始めているという兆しが現れてきました。

この地球がよりハッピーで平和な社会へなっていくためには、

より多くの方々が「個人的な夢」の実現ではなく、

志」を掲げて、未来の子ども達の為、未来の地球の為、

可能性を無限大にしていくことが大切ではないでしょうか?

最後に・・

人は誰しもが、自分が天から与えられた1つの「才能」である

「天才」を使うためにこの世に生まれてきました。

新芽

あなたは、どんな「天才」をこの世で発揮し、人々を、社会をハッピーにしていきますか?

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